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桜を見上げて想う ~ どんな寿命にも永遠はない ~

春の訪れを告げる桜の開花宣言がようやく発表されました。相続まちなかステーションのある神奈川・平塚でも、市内各所でほぼ満開の桜が見事なまでに咲いています。私は、もともと季節の花を見るのが好きですが、それでも豪快な華やかさと潔く吹雪のように散っていく姿には特別な感情を持ってしまいます。

 

 

桜といえば何と言ってもソメイヨシノでしょう。諸説あるようですが、日本人が人工的に交配して作った品種であり誕生してからまだわずか100年と少し、いま私たちが目にしている大半の桜は戦後一気に広まったものだそうです。そして、いま60年が経過した多くのソメイヨシノが立ち枯れの危機に瀕していると聞きちょっとびっくりしていますが、同時にやはり命あるもの永遠とはいかない、必ず寿命が訪れるものかと改めて桜を眺めながら思い知らされた次第です。

そして、私はいま、桜だけではなく実は人間の世界にも同じことが起こっていると感じています。なぜなら、これからの数年間でいわゆる団塊の世代の方々が全員70歳代になられます。まだまだ多くの方がお若いとはいえ、これからは高齢者としていかなる準備をすべきか、社会全体で考えていく必要があるでしょう。

これまでも、私は様々なところで『後悔の少ない老後を迎えるための準備の必要性』についてお話しする機会をいただいてきたのですが、こういうお話をすると必ず『縁起でもない』あるいは『まだ早い』という声を耳にします。確かに、自分自身の老後や死を意識することは決して楽しいことではありませんし、多くの日本人の気質にはまだまだ馴染みにくいテーマであることも十分承知しているつもりです。

しかし、老後あるいは死を不幸なものと考えてしまうことは、決して好ましいことではありません。なぜなら、人間がこの世に生まれた以上は必ず年齢を重ねて高齢者となり、いつかは必ず命が尽きる運命を背負っています。死を不幸なものと捉えてしまうと、人間みな最後は不幸になると考えることになります。それでは、毎日を楽しく積極的に生きることはできないのではないかと考えるからです。

 

満開の桜を眺めながら、ふと桜も後悔するのだろうかと考えてみました。厳しい冬を乗り越えて満開を迎えても、10日もすれば花吹雪のごとく散り去っていく。しかし、不思議と桜が散っていく姿に後悔は感じられません。まだ、誰も気にしていない時期からつぼみをつける準備をし、見事に満開の花を咲かせて人々の心に春を告げた後は、潔く散ってまた来年に備える。そんな懸命な命の営みを垣間見られるからでしょう。人間も同じように、一年一年を大切に一生懸命生きることが大切ですが、同時に人間は自分自身の老後や最期をどうしたいか、自分で考えて準備をすることができます。だから、きっと桜のように、いや桜以上に後悔など全く感じさせない華々しい人生を送れるに違いありません。

これからも私は、この地域の高齢者を支える法律専門職として、ひとりでも多くの方に老後の準備をすることの大切さと必要性をお伝えしていきます。